真多呂人形は1919年(大正8年)の創業以来、職人の街・上野の地で「木目込み人形」を作り続けてきました。そのルーツは、約290年前に京都の上賀茂神社で生まれた「加茂人形」にあります。
もともとは木を削って作られていたものでしたが、初代・金林真多呂が「より多くの人に、同じ品質で美しいお人形を届けたい」と考え、粘土の原型から型を作る今の製法を確立しました。
現在、真多呂人形は上賀茂神社から唯一の「正統伝承者」として認められており、伝統の技を大切に守っています。扱う人形は、格調高いお雛様や五月人形だけではありません。最近では、現代の住宅事情に合わせた小さなサイズのものや、人気キャラクターとコラボした新しいタイプの人形も制作しています。さらに、国内だけでなくフランスの展示会に出展するなど、今の時代に合った形で人形の魅力を広める活動にも力を入れています。
もともとは木を削って作られていたものでしたが、初代・金林真多呂が「より多くの人に、同じ品質で美しいお人形を届けたい」と考え、粘土の原型から型を作る今の製法を確立しました。
現在、真多呂人形は上賀茂神社から唯一の「正統伝承者」として認められており、伝統の技を大切に守っています。扱う人形は、格調高いお雛様や五月人形だけではありません。最近では、現代の住宅事情に合わせた小さなサイズのものや、人気キャラクターとコラボした新しいタイプの人形も制作しています。さらに、国内だけでなくフランスの展示会に出展するなど、今の時代に合った形で人形の魅力を広める活動にも力を入れています。
理念・ビジョン
真多呂人形が最も大切にしているのは、平安時代の宮廷文化に見られる「雅(みやび)」な美しさです。
派手にするのではなく、源氏物語の世界のような気品ある姿を目指しています。しかし、単に古いものをそのまま作り続けているわけではありません。
人形を家に飾る機会が減っている今の時代だからこそ、真多呂人形は「お人形は赤ちゃんを守ってくれるお守りである」という本来の意味を大切に伝えたいと考えています。
マンションでも飾りやすいコンパクトなサイズにしたり、洋室に合うような木目調の飾り台を取り入れたりと、今の生活に馴染む工夫を重ねているのもそのためです。
家族が子供の幸せを願う気持ちは、いつの時代も変わりません。その温かい想いに寄り添えるような人形を、これからも提案し続けていきます。
派手にするのではなく、源氏物語の世界のような気品ある姿を目指しています。しかし、単に古いものをそのまま作り続けているわけではありません。
人形を家に飾る機会が減っている今の時代だからこそ、真多呂人形は「お人形は赤ちゃんを守ってくれるお守りである」という本来の意味を大切に伝えたいと考えています。
マンションでも飾りやすいコンパクトなサイズにしたり、洋室に合うような木目調の飾り台を取り入れたりと、今の生活に馴染む工夫を重ねているのもそのためです。
家族が子供の幸せを願う気持ちは、いつの時代も変わりません。その温かい想いに寄り添えるような人形を、これからも提案し続けていきます。
作り手のこだわり
真多呂人形の大きなこだわりは、100年以上前から変わらない天然素材を使っていることです。
土台には、桐の粉と糊を混ぜ合わせた「桐塑(とうそ)」という素材を使います。
最近は扱いやすい樹脂製も増えていますが、真多呂人形は、伝統的な素材にこだわります。職人が一つひとつ手作業で削り、形を整えていく工程が、人形に独特の深みを与えてくれるからです。
人形の「命」である顔も、職人の手描きです。貝殻の粉から作った塗料(胡粉)を塗ったお顔に、細い筆を使って一筆ずつ目や鼻を描き入れていきます。また、衣装の布を土台の溝にヘラで押し込んでいく「木目込み」の作業も、すべて熟練の指先の感覚で行われます。何人もの職人が力を合わせ、数ヶ月の時間をかけて出来上がる人形には、機械では決して作ることができない柔らかさと、優しい温もりが宿っています。
土台には、桐の粉と糊を混ぜ合わせた「桐塑(とうそ)」という素材を使います。
最近は扱いやすい樹脂製も増えていますが、真多呂人形は、伝統的な素材にこだわります。職人が一つひとつ手作業で削り、形を整えていく工程が、人形に独特の深みを与えてくれるからです。
人形の「命」である顔も、職人の手描きです。貝殻の粉から作った塗料(胡粉)を塗ったお顔に、細い筆を使って一筆ずつ目や鼻を描き入れていきます。また、衣装の布を土台の溝にヘラで押し込んでいく「木目込み」の作業も、すべて熟練の指先の感覚で行われます。何人もの職人が力を合わせ、数ヶ月の時間をかけて出来上がる人形には、機械では決して作ることができない柔らかさと、優しい温もりが宿っています。
アクセス
